そこにあるもの(1)
2004年の7月1日は初代ウォークマンの発売からちょうど25周年という節目の日だった。それを記念したイベントの席上、SONYの安藤国威社長は同社初のHDD内蔵のWalkmanである「NW-HD1」を発表した。iPodは同じ月の末に第4世代が発売、同じ年の初めにはiPod miniが発売されていたがアメリカ向けの供給が追いつかず、日本での発売は延期されていて、やはり同じ月の末に発売というタイミングだった。
安藤国威社長は発表の席上、新型機に自信を見せ、強気の発言を連発した。
- 「HDDウォークマンは半年、1年でiPodを追い抜く。」
- 「自信はある。“やっぱりソニーが5割のシェアを握ったか”と言われる世界がすぐに来ると思う。」
- 「電池寿命や検索性、操作性など、われわれの目から見ればまだまだ手を入れるところはある。」
- 「電池が長持ちして、胸ポケットに入って、落としても大丈夫。そうでなければ、ウォークマンとは言えないです。」
安藤氏の自信はカタログの見出しにもあらわれている。
- 世界最小・最軽量のコンパクトボディ
- 大事なハードディスクを衝撃から守る「Gセンサー」搭載
- スタミナ30時間連続再生
機種 | HD容量 | サイズ(mm) | 重さ(g) | 電池駆動時間(h) | 値段 | 発売日 |
---|---|---|---|---|---|---|
iPod3G | 20GB | 103.8×61.8 ×15.7 | 158 | 8 | 47,800 | 2003.09.08 |
NW-HD1 | 20GB | 89.0×62.1×13.8 | 110 | 30 | 53,000*2 | 2004.07.10 |
iPod4G | 20GB | 104.1×60.9×14.5 | 158 | 12 | 32,800 | 2004.07.19 |
少なくとも機械としてのNW-HD1は魅力のある物だったと言ってよいだろう。iPodに対して、体積比で約75%、重量比で約70%と小型でありながら、電池の駆動時間は2倍以上ある。難点は価格だが、少なくとも発売時点では致命的というほどではなく、3か月後にはほぼ同仕様の「NW-HD2」を発売し、価格を4万円前後まで下げた。デザインは、MDウォークマンの流用という陰口も叩かれたが、それは逆に「ウォークマンらしい」ことの証明とも言えた。
しかし、セールスは安藤氏の自信ほどの結果を出すことはできなかった。ついに日本でも発売されたiPod miniが市場を席巻してしまったのだ。さらに高級機としてカラー液晶を備え、HD容量を倍増したiPod photoも発売されていた。SONYはNW-HD2の発売からわずか2か月で新型NW-HD3を投入した。
機種 | HD容量 | サイズ(mm) | 重さ(g) | 電池駆動時間(h) | 値段 | 発売日 |
---|---|---|---|---|---|---|
iPod mini | 4GB | 91.4×50.8×12.7 | 103 | 18 | 26,800 | 2004.07.24 |
NW-HD2 | 20GB | 89.0×62.1×13.8 | 110 | 30 | 40,000 | 2004.10.10 |
iPod photo | 40GB | 104.1×60.9×19.1 | 181 | 15 | 54,800 | 2004.10.28 |
NW-HD3 | 20GB | 90.0×62.1×14.8 | 130 | 30 | 42,000 | 2004.12.10 |
iPod miniと比べると、NW-HDシリーズの小型・軽量はさほどのアドバンテージを持たないことが分かる。カラーバリエーションをそろえることは、NW-HD2以降、むしろSONYが追随したことだった。NW-HD1に比べれば値下げをしたにも関わらず、この価格帯で15,000円の差は大きい。容量こそ5分の1しか無いが、miniの売上は4GB=約1,000曲という容量で充分だと考えるユーザーが多いことをそのまま示していた。
安藤氏がiPodに追い抜くと宣言してから、ちょうど半年たった2005年1月11日、iPod shuffleが発売された。それまでAppleが手を出していなかったフラッシュメモリータイプの市場にまでiPodが現れたのだ。
4月には、SONYはデザインを一新したNW-HD5とNW-Eシリーズを発売した。これら第4世代はこれまでのシリーズの中で最も成功したものとなった。とはいえ、Appleの圧倒的優位という市場の大勢が変わるほどではなかった。
安藤氏が宣言した1年が経ってもウォークマンがiPodを追い抜く日は訪れなかった。それどころか、1年を待たずして、業績不振の責任を取る形で安藤氏を始めとする経営陣は退陣することとなった。
【追記】07/03 2:05 NW-HD3の実売価格とNW-HD5の販売時期について誤りがあったため、一部訂正しました。
(この項つづく)
*1:iPodはHD容量の違う物が複数存在するが、同容量の物で比較した。
*2:カタログ上はオープン価格。実売がこの程度だったようだ。以下のNW-HD2、NW-HD3についても同様