Fly me to the ISS


飲んで帰ってあまり機嫌のよくない夜なので、ニコニコしながら人のあらをつつくことにする。今夜の犠牲者は日本を代表する新聞社二つである。



まずは読売新聞が珍しく日本の宇宙開発分野について「スクープ」した。

概要としては、1.米スペースシャトルは2010年に完全に退役することが決定していて、2.かつてここでも紹介した「オリオン」を後継機として開発しているが、3.とても2010年に間に合いそうになく、4.民間の「Falcon」も無理そうなので、5.米国外からの調達も視野に入れはじめていて、6.その候補に我が国の開発中のHTVも挙っており、7.JAXAに内々の打診があった。というものである。


私はこの記事を見たとき、正直快哉をあげたが、同時に懐疑的でもあった。すると、今話題の毎日新聞が後追い記事を出した。

ちなみに朝日新聞は(少なくともWeb上では)後追いをせず、産經新聞は…ついこの間やっと科学部ができたようなところに何を期待する?


で、まあここは失礼ながら言わせてもらうが、よりによってTechnobahnごときに完全否定された。

誤字・誤訳の殿堂Technobahnはいつものように翻訳前の元ネタをばらしたりはしてくれないのだが、NASA自身が声明を出したとあり、本家Slashdotなどを助けに調べてみると、ああ、ありました。

残念でした。誤報です。が、少なくとも現在のところ読売も毎日もこっちの件については伝えていない。もうまる一日たったのだが。




というわけで、当人にその気がないようなので勝手に反省会をしておこう。


まず、スクープ主の読売。読売がソースとして提示したのはこれだった。

宇宙機構によると、NASAから今年2月以降に打診があり、非公式の折衝を続けている。文部科学省宇宙利用推進室は「国内では(HTV購入の)可能性に期待感があることは承知している」と話している。

よく読むと文部科学省宇宙利用推進室は「国内に」「期待感がある」と述べているのであって、NASA/米国の意向については何一つ語っていない。しかし、少なくともJAXA内部でそれらしき情報をつかんだようではある。あるいは、NASAはとりあえず否定したものの実は「非公式の折衝を続けている」という可能性は少ないかもしれないが、ゼロとも言い切れない。


以上のような経緯から、私はあまり読売を責めないことにする。JAXAでネタを拾って、それ以上の裏を取れというのも酷だろう。スクープにリスクはつきものである。



次に後追いの毎日。まず毎日のリードの末尾を引こう。

宇宙航空研究開発機構JAXA)に非公式に打診していたことが分かった。

Yeahhhhhhh! なんで「分かった」のかてんで分からない「分かった」メソッドですね。分かります。朝、YahooNewsチェックしてたら「分かった」とか書けないよね。それはまあ仕方ない。大人大人。しかし君も新聞記者なら裏をとりたまえ。

NASAは2月に発表した予算教書に「HTV、ATVを調達することができる」と明記した。

おお。NASAの予算教書か。一次資料だね。しかもそれは英語だろう。君は英語が得意なのかい?御社では英語に強い人材を求めているところじゃないかい?どれどれ…

The ISS Cargo Crew Services budget consists of International Partner and commercial purchases. In the near-term, International Partner purchases are required because no U.S. alternatives exist to the Space Shuttle. In the long-term, NASA would prefer to use U.S. commercial space transportation providers, both to ensure domestic sources and to expend taxpayer dollars domestically. The commercial cargo services acquisition is currently in the pre-formal acquisition phase. A draft and formal Request for Proposal (RFP) is expected during FY 2008. NASA currently has agreements with Russia to purchase Soyuz and Progress flights. In the future, NASA may also purchase Japanese H-II Transfer Vehicle (HTV) or European Automated Transfer Vehicle (ATV) flights for cargo delivery in the post-Shuttle timeframe.


うん。たしかに「将来(シャトル退役後)NASAがHTVやETVを買うことになるだろう。」と書いてある。既にロシアからはソユーズプログレスを調達する約束もしていることだしね。なるほど。


これが、毎日の提示した読売が書かなかったほとんど唯一の情報である。今年の2月以降ならいつでも、日本にいる私でも入手できる資料にそう書いてあること以外には何も見つけられなかったということだ。こんなのならYahooNewsで見つけたとか新sで見ちゃったとか書いた方がましだと思うが、気の毒にも毎日新聞はこの手の記事は署名記事で出すのである。西川拓さん、お疲れ。



せっかく西川さんが見つけてくれた資料なので、ここから少し想像力を働かせてみよう。


ここに書いてあるのは、要するにこのままだと米国は地球低軌道上への足を失い、ロシア・日本・EUに頼るはめになるんだぞということである。スペースシャトルの後継機となるオリオンは開発途上で、予定より遅れているうえに予算を減らされている。でもまあ仕方ないし、他国から買えばいいよね?いいんでしょ?ということだ。そう思って見れば非常に政治的な文章にも読める。


しかし、政府部門の予算教書を隅々まで読むような暇人はそうそういないので、誰も注目してくれない。そこで、ちょっとした花火を打ち上げたい。国内は?見え透いている。ロシアは?もう契約も終わって、既成事実ができている。EUは?EUが既にNASAと互角に近い力をつけていることは周知の事実だ。では日本は?日本が実用的なロケットを持っているなんて知っている人はもともとNASAの味方が大半だ。だが、そうでない人たちに与えるインパクトは?皆さん、我が国は車や家電に続いて宇宙開発まで日本から輸入することになりましたよ。クマー。


JAXAに電話して、こんな予算教書になったのでよろしくとでも言っておく。そちらのHTVの開発は順調ですか?いやさすがですなあ。うちはすっかり貧乏で。そちらには期待していますよ。じゃあ。


で、花火が打ち上がったところで消す。火事になっては困る。


さあ何が釣れるでしょう。もちろん一番大きな魚は次期大統領候補だ。



まあ酔っぱらいの後知恵の妄想である。しかしまあ、しょうもないコピペ記事を書くのをためらう程度の妄想ではある。よりによって後追いの記事を出した当日に当事者から完全否定の声明を出されるよりはマシであろう。



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