はじまりの日(1)

昨年の秋、正確には2005年の9月8日、日本時間の午前2時、AppleのCEOスティーブ・ジョブズ氏は、サンフランシスコの会場でいつものように自らステージに立って、プレゼンテーションを始めたジーンズにTシャツという姿も見慣れたものだ。ジョブズ氏はジーンズのコインポケットから新製品であるiPod nanoを取り出して披露した。生のネット中継は行われなかったが、そのもようを伝える動画は翌朝には日本でも手に入った。

nanoは発表とほぼ同時に発売が開始された。ジョブズ氏がステージを降りるか降りないかといううちにネット上のAppleStoreでは注文の受付が始まった。その日の午後には銀座のAppleStore店舗に行列ができていた

同じ日の午後*1SONYは都内の会場に報道関係者を集めていた。SONY音楽配信とデジタル携帯音楽機器の開発のために前年末に設立されていた事業部コネクトカンパニーにとって、これは事実上初めての製品発表会と言ってよかった。コ・プレジデントである辻野晃一郎氏がスピーチ台の前に立ち、新製品であるWalkmanAシリーズを右手に掲げた。

ライバルと目される二社がライバルと目される製品を同日発表したことは大きな話題になった。テレビでも両社の発表は一つのニュースとして扱われた。だが、発表は同じ日だったが、発売日には大きな差があった。WalkmanAの発売はその日から2か月以上先の11月19日とされたのである。

WalkmanAは手に入らず、nanoは売れつづけた。大手量販店でも品切れの札が続いたが、それでもnanoの販売が最初の100万台を突破するまでに17日しかかからなかった。人気商品を発売しながら供給力が無く、みすみす販売機会を逃していたかつてのAppleの姿はどこにも見られなかった。さらに10月13日には動画再生に対応したiPod Videoが発表され*2iPodの商品系列はほぼ一新された。やはり受注は即日開始され、翌週には出荷が始まった。それでもなお、WalkmanAの発売までにはまだ一か月ある。デジタル携帯音楽機器の分野では追う立場であるSONYが、復活・新生を宣言して発表した新型のWalkmanは発売される前から出遅れてしまったのだ。

何故、こんなことになったのか?
この項つづく