そこにあるもの(2)

何故、安藤社長の自信は実を結ばなかったのだろうか?
まず挙げられる理由は価格差であろう。両社製品の価格推移をまとめると以下のようになる。

3.9.28 4.7.10 7.19 10.10 10.28 12.10 5.2.23 4.21 6.28
  NW-HD1 53,000 NW-HD2 40,000 NW-HD3 42,000 NW-HD5 35,000
iPod3G 47,800 iPod4G 32,800  
        iPodPhoto 54,800 38,800 32,800

iPodが常にNW-HDシリーズよりも安く販売されてきたことが分かるだろう。NW-HD5に至ってようやく同価格帯になったが、既にiPodの液晶はカラーになっていた。その上、競争相手のいない低価格版のminiがあり、フラッシュメモリータイプのNW-Eシリーズとshuffleでも事情は同じだった。

次に挙げられるのは、対応するファイル形式の問題であろう。
NW-HD1とNW-HD2の再生可能なファイル形式は「ATRAC3」または「ATRAC3plus」だけだった。「ATRAC」とはSONYが開発した音声圧縮技術のシリーズ名称であり、MDの記録データとして採用されている歴史のあるものである。しかし、PCおよびインターネットの世界では「MP3」が標準と言っていい。初期のNWシリーズはこれに対応しなかったのだ。
それはNW-HD1に始まったことではなかった。SONYが初めて型名に「NW」とつけたウォークマンは、記憶媒体メモリースティックを使用した「NW-MS7」である。発売は1999年の末。これ以降、4年以上にわたって数機種が発売されてきたが、そのどれもがMP3非対応・ATRAC専用機だった。
NW-HD1がMP3に対応しなかったことを惜しむ声はやはり上がった。NW-HD1の売れ行きが思ったほどではないことがはっきりした後、ようやくSONYの方針が変わる。2004年9月末の「MP3対応を検討中」という記事に続いて、10月末にヨーロッパでMP3対応の「NW-E95」等を発売、12月にはMP3対応のNW-HD3を発売すると同時に、既存のNW-HD1とNW-HD2MP3対応有償アップグレードサービスを開始する。そしてその後、年が明けて2004年第3四半期決算発表の席で、MP3非対応を続けてきたことが戦略上の誤りであったと認めることとなった。

最後に挙げられるもう一つの理由はソフトの問題だ。
iPodにとってのiTunesの役割を果たすPC側のソフトウェアが「SonicStage」だ。前身の「OpenMG Jukebox」は1999年の発表であり、NW-HD1発売時のバージョンは2.1である。*1このソフトの評判が良くなかった。動作が重い。インターフェースが使いづらい。プレイリストの機能が貧弱等々。中でも評判が悪かったのは、著作権管理機構である「OpenMG」に関係する部分だった。たとえ自らが購入したCDであってもデータ化する際には暗号化され、携帯機器に転送する回数を制限されたのである。iPodを持っていなくてもiTunesは使っている人がいるといった状況には程遠いものだった。
しかし、これもバージョンが3を超えるとかなり改善する。動作速度が改善されたのに加え、NW-HD5発売時の3.1からはMP3ファイルの作成に対応し、2005年7月の3.2では強制的なOpenMGによる管理が選択制となった。

以上、3つの理由に共通することは、NW-HD1発売時のSONY自身の問題のかなりの部分が、NW-HD5発売前後の時点で改善されていたということである。価格帯はほぼ同じ、MP3に対応し、SonicStageもそれなりに使えるものになっていた。NW-HD5を初めとする第4世代が比較的成功を収めたのは、こうした改善が報われたということでもあったのだろう。
しかし第4世代でさえ、安藤社長が宣言したほどの成功を収められなかったのは、やはりそれまでに染み付いた悪評が影響していたことも否めない。そういう意味では、たしかにウォークマンが再生したというインパクトを与える商品が必要とされていたのも事実だった。
この項つづく

*1:同じ時期のiTunesは4.6。