キメラ


 こんな記事をほとんど同日に2つも目にするというのは、どういう偶然なんでしょう。

両方とも細胞レベルのキメラの話題です。双子の方は人―人なので、キメラと呼んでしまうのはためらわれます。

まず羊―人間キメラの記事について

上記の記事のネタ元。

ネタ記事じゃないだろうなとソースを探してみると、ちゃんと見つかりました。

タイトルは「羊の中で人間の器官を培養(に成功)」とあります。本文を少し訳してみましょう。

主題(誰にどんな関係が?)

悪いニュースです、とあなたの医者が言う。あなたの肝臓は駄目になっています。そう言って、彼はあなたの骨髄から幹細胞を抽出して、子宮に入った羊の胎児に注入する。その羊が産まれる時には、その動物の肝臓のほとんどはあなた自信の細胞で出来ているだろう――あとはそれを摘出して、あなたの中に戻すだけだ。この夢の治療法の実現には、まだ何年かはかかるだろう。実現するとしての話だが。しかし、第一歩はここRenoにあるネバダ州立大学で記された。


なんか芝居がかった文章ですね。短編SFの導入部みたい。こういうスタイルって一般的なんだろか。要するに動物(この場合は羊)を使って人間の臓器を培養し、臓器移植に利用できると。


その続き。

何が行われたのか?

ネバダ州立大研究者の本来の目的は、遺伝的な欠陥を持つ出産前の胎児に健康な幹細胞を注入することによって治療することが可能かを探求することでした。これは依然として主目標ではあります。しかし、動物実験を行っているうちに研究者は、この技術が“人間化された”器官を培養する手段にもなりうることに気づいたのです。人間の骨髄から抽出された幹細胞を羊の胎児に注入すると、人間の細胞が心臓・肌・筋肉・脂肪その他の組織の一部になることを研究者は発見しました。最近の結果では、羊の肝臓の全細胞のうち、7〜15%が人間のものになっています。いくつかの特別なケースでは、その人間の細胞が集まった部分も機能していて、完全な人間の肝臓の組織、補助的な器官として人間への移植を行えるほどのものになっています。


研究の具体的な内容。本来の目標は遺伝的疾患の治療にあるようですね。
ポイントとしては、

  1. 培養する元になる細胞は成人の幹細胞でよい→受精後の胚から取り出すES細胞より使える機会が多い。
  2. 羊と人の細胞がランダムに混じり合うわけではなく、人間の細胞だけでできた部位が生じて、それがちゃんと機能することもある。→組織分化を完全にコントロールできなくても実用になる場合があるかもしれない。

といったところかな。心臓のような機械的な臓器は難しいでしょうが、たしかに肝臓みたいな臓器ならなんとかなりそう。ふええ。すごいな。


さらに続き。

影響

この研究が完成された場合、この技術は、移植用の組織・器官を作ろうと努力している研究者が現在直面している大きな障害を乗り越える手段になり得るでしょう。どんな種類の細胞や組織でも大量に生産することができるようになります。例えば、文化的な条件付けの違いや成長率などによって制約を受けることも無いでしょう。宿主となる動物本来の成長プログラムが注入された人間の幹細胞が本来の役割を果たすように導いてくれます。「私たちは胎児の成長の仕組みを理解することにおいて前進した。」とイスマイル・ザンジャニ博士は語っています。

またこの技術は、人間の胚細胞からクローニングすることなしに免疫適合性のある細胞を医師に提供することも可能にします。人間の細胞を動物のそれから分離することは、既存の細胞分離器を改造することによって簡単にできます。この方法によって通常の人間の細胞を供給することが実際にできるのです。そしてそれは拒絶反応を引き起こさないでしょう。残存する動物の細胞は患者の免疫システムによって淘汰されてしまいます。


何の役に立つか、という話。
攻殻機動隊の例をひくまでもなく、こういった技術には豚の方が有利なんじゃないかというイメージがあったけど、考えてみると豚で育てた臓器じゃムスリムは使えないだろうから、羊の方がいいのかも。ところで、多少動物の細胞が残っても免疫反応で殺せるから大丈夫だよというのは、発想の転換というか、移植医療の最大の敵であった免疫機能が味方になるわけですね。しかし、羊の中の人間の細胞は免疫反応にさらされてないんだろうか。免疫抑制剤で抑えてるのかな。ちなみにこの研究を発表したイスマイル・ザンジャニ博士は専門が免疫学のよう。


なんだかんだいって全文訳してしまったので、著作権表示の代わりに末尾の連絡先を引用しておきます。なお、素人が訳しているので、正確性についてはなにも保証できません。正確な知識を得たい方は原文をお読みください。

Contact

Esmail Zanjani

Animal Biotechnology/ MS202

University of Nevada, Reno

Reno, NV 89557-0104

Zanjani@nevada.unr.edu

いわゆる“倫理上の問題”については、うーん、どうなんでしょう。宿主の胎児または胚に幹細胞を注入するという手法からいって、たとえば羊:人の比率が逆転するような操作は不可能じゃないかと。見た目もあくまでも羊にしか見えないでしょうし。そういう意味では「羊人間」というのはセンセーショナルだけど、言い過ぎという気もします。もっとも、肌にも人間の細胞が現れているようだから、多少の不安もありますが。今のところは、あくまでも羊の臓器ができて、部分的に人間の細胞が集まっているというレベルなので、例えば人間の脳と知能を持った羊ができるようなことは考えがたいでしょう。


こういうのをおぞましいと考える人はいるでしょうが、実用化された場合を考えると、生体にしろ死体にしろ、人間の身体から臓器を摘出して人間に移植するという現状よりは、むしろ倫理的な問題を回避できるような気がします。移植臓器の供給量や免疫反応などの面でメリットが大きいのも確かです。



元記事にある本来人間には感染しないビールスが人間に適応するきっかけになるんじゃないか、という危惧が科学的にどの程度妥当であるかは私には判断できません。現在の研究室レベルなら、防疫管理もしっかりしているでしょうし、なにせ母数が小さいのでそんなに心配しませんが、実用化されて産業規模になるとどうかというと多少は心配かな。でも、食用の無菌豚が飼育されているくらいだから、医療用に飼育される場合はやっぱり防疫管理されるでしょう。もし免疫抑制剤が必要だとしたらなおさら。


ちなみに遺伝子レベルでの操作は行われていないようなので、この形質はまず間違いなく遺伝しません。逃げ出して野生化して生態系を崩すみたいな恐れは不要と思われます。



長くなったので、双子の方についてはまた今度。