反人間工学


最近のことだが新宿の西口を通ったとき、ロータリーに面した壁際に何人かのホームレスが段ボールで寝床をかこっているのを見かけて、私は少し驚いた。そういう光景を見るのはずいぶん久しぶりだったからだ。



もう15年近く前になると思うが、新宿の西口の半地下になっている辺りは、もはや集落と言っていいくらいの規模で段ボールとブルーシートで囲われた「家」がたくさんあった。西口の電気屋に行く時も、都庁に行く時もその横を通って行った。半地下というのは、あの上は人工地盤がかぶさっているので、ロータリーの吹き抜け以外は空が見えないが、地面の下という感じでもないからである。


ロータリーから都庁の方へ抜ける半地下道は、中央分離帯に人工地盤をささえる支柱が立ち並んでいる。場所柄、朝から深夜まで車がガンガン走る。信号は無く、歩道は分離されているのでけっこう飛ばす車が多い。そこをタクシーで通っていてしばらく不思議に思っていたのは、その支柱の隙間隙間にも段ボール箱が置かれていることだった。まさかと思ったが、はたしてそんなところにも住んでいる人たちがいたのだった。


新宿に都庁ができるからその辺りが整備されたためにそうした集落ができたのだったろうし、都庁ができたからという同じ理由で、結果的に彼らは排除された。集落は消えてイベントスペースになった。支柱の間の段ボールも消えた。都庁への歩道には「オブジェ」と称されるものが置かれた。



このオブジェが奇妙なもので、直径30cmよりは大きいくらいの円柱で、高さは20cmも無い程度のものである。ただし上面は斜めになっている。それが数十個歩道にしきつめられている。都はたしかそれを「アート」として置いたみたいな説明をしたと思う。


この上面が斜めになっているところがポイントで、つまりはそれは椅子にもならず、並べてその上に寝ることももちろんできない。要するに超巨大なマキビシであって、目的がホームレスの排除だということはすぐに分かった。相変わらずすぐ横を車が通るのであっという間に薄汚れて、ただの歩行者にも邪魔で目障りな代物だったが、あれは今でもあるのだろうか。もう何年も歩いていないので知らない。


都が言うようにそれがアートであるならば、これほど意地悪が詰まった「アート」は見たことが無いと思った。こんなものを作らされる側には回りたくないと思った。知り合いの工業デザイナーに話すと嫌な顔をした。「反人間工学だな」と彼は言った。



それから十数年が経過して、東京の駅やバス停のベンチの多くは新しいものに代替わりした。


背もたれつきの普通の椅子には二つ三つおきに肘掛けがついている。全ての席にではない。要するにその椅子の上に長くなって眠れない仕掛けだ。肘掛けの無いもののなかには座面の背もたれ側が高く、前の方が低くなっているものがある。背もたれに寄りかかると、ちゃんと足を踏ん張っていないと滑り落ちる。欠陥製品じゃないかと思うようなものだ。もちろんその上で横になると寝返りを打たなくても転げ落ちるというわけ。バス停だと円筒を段違いに並べただけのベンチもある。もちろんその上では寝られない。



そうやって静かに当たり前のように誰かを拒絶する物が自分の身の回りに増えていった。そんなものを見ているうちに、もしかしたらこの国は本当はけっこう貧しいんじゃないかと、私は思うようになった。



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