For the Rest of Us


iPadの発表を見ながら思い出していたのは30年近くも前の最初のMacintoshが発表されたときのスローガンだった。"The Computer For the Rest of Us"


ジョブズ復帰以降のAppleのソフトに対する開発方針はひっそりと一貫していて、それはフォルダ/ファイルの階層構造を隠蔽するというものだ。最初にそれが大々的に示されたのは言うまでもなくiTunesである。実際のファイル管理はもちろん従来通りのフォルダ/ファイルによるものだが、ほぼ完全に自動化され、動的に変更されていく。ユーザーサイドで見えるジャンル/アーティスト/アルバムといった階層構造は残っているが、これはデータベースの検索に近くて、フォルダ/ファイルの構成とは必ずしも一致しない。iPhotoもほぼ同様の作りになっているし、Mailもそうだ。


MacOSXのアプリケーションとして見えているのは実際には特殊なフォルダである。右クリックして「パッケージの内容を表示」すると中のファイル構成をみることができる。設定ファイルやキャッシュはこの「フォルダ」の外に別途置かれることが多いが、MacOSXのアプリケーションは基本的にこの「フォルダ」の中だけで完結するように構成される。だからMacOSXのソフトのインストールは単なるアイコンのドラッグ&コピーだけですんでしまうことが多い。これもまたフォルダ/ファイルの階層構造の隠蔽の一例である。


そしてiPhoneOSが出てフォルダ/ファイルの階層構造の隠蔽はほぼ完成した。JailBreakするとわかることだが、iPhone/iPod Touchの中だってフォルダ/ファイルの山なわけだが、普通のユーザーがそれを意識する必要は全くない。むしろ意識したくてもできないというふうに作ってある。そもそもFinderも無い。私は初めてMacintoshを使ったとき、コマンドプロンプトの画面をどうやって出すのか探して、それが無いと知ったときすごく驚いた。それと同じだ。


長いこといろいろな人を観察していてわかったことだが、ディレクトリ構造というものを理解したくない人というのは年代を超えて常に何割か存在し、ファイルとソフトの関係を理解しない人はさらに多い。たいていのPCでCSVのファイルは普通とはちょっと違うExcelのファイルに見えていると思うが、それをメモ帳で開いて見せたときに人が見せる驚きは何度遭遇しても不思議なほどである。


仕事などである程度コンピュータを日常的に使用している人でさえ、おそらく大多数は、フォルダを開いたり、このファイルは何のソフトのファイルかを意識したりしたくないのだ。ファイルをダブルクリックしないで、いつもと違うソフトを起動して、ファイルメニューから開くを選んで、ファイルを選んでくださいと言われると、なにか理不尽な作業を強いられていると感じるのである。


そういうものを取っ払ってしまったものがiPhoneでありiPodでありiPadだ。ファイルの概念など忘れてしまえ。マルチタスク?どうせみんな「ウインドウを最大化」して使ってるんだろう?音楽を聞きながら作業ができたらそれで十分じゃないか。


ある種の人たちにはこのように「簡略化」されたコンピュータは面白くないと感じられるだろう。落ち着かない、気持ち悪い、気味が悪いと。馬鹿にされたとさえ感じるかもしれない。でも、ジョブズが考えていた"Rest of us"の方が多分ずっと多数派なのだ。ショートカットとエイリアスシンボリックリンクとハードリンクの違いを説明できる人がこの世にいったいどれだけ存在するか考えてみるといい。1%?なるほど。君と君の周りの人たちはかなり浮世離れしているね。


おい、お前は今、少数派になったぞ。これからはお前たちが"Rest of Us"なのだ。少し前から分かっていたことなのだが、彼にはっきりそう言われた気がした。


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