はじまりの日(3)

実は、WalkmanAの発表から2週間後には、SONY経営陣にとっての大きなイベントが待ち構えていた。2005年から2007年にかけての中期経営方針説明会である。この年の6月に経営陣が一新され、ハワード・ストリンガーCEO/中鉢良治社長体制となった新経営陣にとって、それはいわばデビュー戦だった。ここ数年にわたって経営不振が続き、かつての輝きを失ったと言われるSONYを復活させる戦略を示す必要があった。

中期経営方針の主軸は一万人に及ぶ人員整理と、電気関連の15事業の撤退、それに伴う機構改革だった。要するにリストラである。超高級ブランドとして展開し、しかし全くといっていいほど成功しなかった「QUALIA」の凍結・縮小がそれを象徴している。*1これに対して将来の展望をせめて予感させるものが必要だった。PS3には大きな投資と大きな期待がかかっていたが、発売が半年先のことであり、何よりSONY本体の商品では無いために適当では無かった。「WEGA」に替わるTVの新ブランド「BRAVIA」は、先行投入された北米市場でまずまずのスタートを切っていた。しかし、最終的に居並ぶ経営陣がそろって報道陣に掲げた手に握られていたのは、二週間前に発表されたばかりのWalkmanAだった。

長い2か月が終わり、11月に入るといよいよWalkmanAの本格的な広告展開が始まった。駅や電車にポスターが貼られた。新しいTVCMのコピーは「WALKMAN CONNECT Debut」だった。

しかし、そこには「2か月の遅れ」が長い影を曳いていた。発売の3日前、AppleiPodの国内シェアが60%を超えたことを発表した。それを受けて朝日新聞が掲載した記事はこう締めくくられていた。*2

 iPodナノの「発表同時発売」が新ウォークマンの発表と重なったのは、ソニーにとっては大きな誤算だった。同社幹部からは「アップルに事前に情報が漏れた」との恨み節も聞こえる。この2カ月間、アップルの快進撃を許したことで、新ウォークマン発売でシェアを盛り返す道のりは一段と険しくなった。

まるでSONYのWalkmanAの発表にAppleがnanoの発表をぶつけたような言い草。「アップルに事前に情報が漏れた」と言った同社幹部は本心からそう思っていたのか。Appleが新製品の発売にかける周到な準備が、よそのメーカーの発表に慌てて間に合わせられるようなものなのか。もしそんなことをすればどんなしっぺがえしにあうか。同じ業界の幹部が分からないはずがあるだろうか。それは自分達が行ったことを鏡に映して言った「恨み言」ではなかったか。

あるいは新聞紙面だけを見た読者は、それを受け入れたかもしれなかった。だが、少なくともネット上の反応の多くはもはや冷笑と言うべきものだった。
(この項おわり)

*1:翌年1月に正式に撤退が発表される。

*2:asahi.comの原記事が消えているため2ちゃんねるのログに頼った。