ソフトバンクのメディア戦略

最近はともすれば忘れがちになるのだが、昔はソフトバンクといえば出版社だった。会社沿革を見ると81年に創業、82年から出版業に参入とあるから、NECPC-8801が発売された頃、Macintoshはまだ無かった頃だ。

インターネットメディアとしては、95年にジフ・デービスに資本参加するのが皮切りになる。ZDnetからITmediaと名を変えたが、当時から現在にいたるまでIT関連の国内最大のニュースサイトの一つを手に入れたことになる。96年にヤフーに投資。こちらについては語るまでも無いだろう。一時的にだが、テレビ朝日の大株主になったのもこの年のことだ。

2001年からADSL事業を開始し、最近はすっかり通信インフラの会社というイメージになってしまった。


そのソフトバンクが今年の初めにメディア関連にいくつか投資をした。

ニューズウォッチ

一つはニューズウォッチである。3月24日付けで、約13億円を投じてヤフー株式会社の連結子会社化した。

ニューズウォッチはフレッシュアイというニュースポータルサイトを運営しており、フレッシュアイNewsWatchで既存報道メディアのニュースへのリンクサービスを、フレッシュアイVoiceWatchJANJANやブログなどへのリンクサービスを行っている。ロボットプログラムによりWebを渉猟し、キーワードによって関連する記事を抽出・整理するシステムで、これは基本的にGoogleNewsと同じだと思っていい。

Yahoo!Newsを見ると記事の末尾には必ずフレッシュアイへのリンクがあり、キーワードから関連するニュースやブログを検索できるようにはなっている。もっともAlexaで見る限り、アクセス数的にこの効果が特に見えないのはむしろ不思議なほどである。

フレッシュアイには泉あい氏の”あい's EYE”のような独自コンテンツもあるわけだが、ヤフーがニューズウォッチに求めたのはそのコンテンツよりも前述のGoogleNews的な技術なのだろうと思う。世界的な規模でGoogleに対抗するのは容易ではないが、日本語に特化した語句解析技術というのは確かに魅力である。これにはもともとのニューズウォッチの親会社である東芝が依然として大株主として関わっている。

 東芝は、1996年に「東芝自然言語処理技術を応用した情報フィルタリング技術」を中核技術とし、フィルタリングニュース配信やサイト内検索サービスを行うニューズウォッチを設立しました。引き続き、東芝は、技術開発面での支援を継続し、ニューズウォッチの更なる事業拡大を目指します。

AFP BB news

二つ目はAFP BB newsである。ソフトバンクグループのMOVIDA ENTERTAINMENT・AFP通信社・時事通信社クリエイティヴ・リンクと4社共同で2月3日ニュースポータルサイトを立ち上げた。

「AFP BB News」では、AFP通信社が世界165カ国の支局を通じて取材したニュース、写真とともに、同社と提携している時事通信社が提供する国内ニュース、Getty Imagesによる北米のスポーツ、エンターテインメントニュース、パリモードTVのファッション関連動画ニュースを提供する。

AFPと時事通信が提供するニュースサイトが表であり、それと直結したブログサービスである「ActiBlog」がいわば裏である。

このサイトのポイントとしては、ニュースサイトのコンテンツの魅力を写真に見出したことだろう。記事のテキストは再利用性が高すぎて、Diggスラッシュドットのようなサイトに結果的にユーザーを奪われてしまう。動画はまだまだシステム全体の負荷が高い。そう考えるとプロのカメラマンによる高品質な報道写真というのは、たしかにちょうどいい按配である。

新聞社のサイトを初めとして、どこのニュースサイトも掲載している写真の品質がひどいのは、今時の通信事情を考えればもはや異常な程だが、AFPBBは高品質な写真を提供している。これと直結したブログサービスを展開することで、ブログユーザーを囲いこもうというわけだ。

そのために写真は高品質ながら全てFlashを通じて表示される。おまけに電子すかし入りだという。閉鎖的といえば閉鎖的だが、ビジネスモデルを考えればやむを得ないことだとも思う。私はFlashを使ったサイトが基本的に好きではないが、AFPBBは動作が軽いためにさほどストレスを感じない。ブログとの連携も含めて、“Web2.0”的なサイトとしてはよくできている。

写真という性質上、スポーツや芸能系の比重が高いのは当然のことだが、科学カテゴリには宇宙関連の記事が多く、スペースシャトルの打ち上げ風景や軌道上のISSの写真など、なかなか魅力的なものが多い。

ソフトバンクの戦略上の位置付けだが、いわゆる“Web2.0”なコンテンツビジネスの実験場という意味合いが強いのだろうか。先日の全国新聞ネットのような動きに対するカウンターとして、AFPや時事通信との関係を強めておくことにも意味があるのだろう。

オーマイニュース

3つ目がオーマイニュースである。こちらは2月22日付けである。

 新会社は3月に設立。ソフトバンク普通株式900万円と転換社債型新株予約権付社債6億8400万円を引き受ける。増資後資本金1500万円のうち、出資比率はソフトバンクが30%、Ohmynewsが70%になる予定。

こちらがオーマイニュース日本法人に対する投資である。約7億円が投資されたわけだが、資本に組み入れられたのはわずか900万円であることが目をひく。オ・ヨンホ氏が主導権を握ることに当然固執されたのであろうし、ソフトバンクとしてもいきなり子会社化といったことは考えていないのだろう。とはいえ、次の韓国側への投資とあわせて考えると、オ・ヨンホ氏側の投資資金余力というものもなんとなく見えてくる。もちろん相手がソフトバンクであれば、たいていは小さく見えてしまうものなのだが。

 またソフトバンクは、Ohmynewsが2月21日払い込みで実施した5200万ドル(約6億1000万円)の第三者割当増資を引き受け、Ohmynewsの12.95%を保有する大株主になった。

こちらが韓国のOhmynews本社に対する投資である。日韓合わせて約13億円が投資されたわけだ。韓国側では増資という形で全額が資本に組み入れられている。約6億1000万円で12.95%ということは、Ohmynewsの資本金の規模は50億円程度だろうと考えられる*1

韓国の盧武鉉政権の誕生にオーマイニュースのキャンペーンが力あったというのはよく言われることだが、その代わり朝鮮・中央・東亜の韓国3大紙を初めとする既存の報道機関とは対立傾向が強い。その流れの中で、今年の夏に新しい「新聞法」が制定され、それを元に3大紙以外の中堅以下の新聞社への融資・資金提供が行われた。

政府からの報道機関への資金援助というのには強い違和感を持つし、もちろんそれを問題視する声も韓国内でさえ大きいようだが、ここでは踏み込まない。ここで注目するのは、この「新聞発展基金」の総額が18億円程度であり、その恩恵に浴すのがオーマイニュースだけでなく総勢12社だということだ。オーマイニュースにとってのソフトバンクの13億円の投資の大きさが分かるだろう。

オーマイニュース企業沿革のページエキサイトの翻訳サービスを通じて読んでみると、オーマイニュースは2000年に実質的に創業し、2003年に初めて黒字化したことが分かる。黒字化まで4年かかったわけだ。2004年は引き続き黒字だったが、2005年はそれについて触れられていないことから赤字転落したのかとも読める。どういうわけか2006年については全く記載がないので、単に更新漏れという可能性もある。財務情報公開のページが見当たらないので、オーマイニュースの財務状況がよく分からないのだ。

ともあれ、韓国でのオーマイニュースの勢いが一時期ほどではなくなったというのはよく指摘されるところである*2オーマイニュースの沿革を見ていても「一日訪問者数新記録樹立」と誇らしげにあるのは、両方とも2002年の出来事であり、これは盧武鉉大統領が誕生する選挙戦の時期に符合する。オーマイニュース単独で日本進出ができるほどの体力があったのかというのは、多少疑問である。

最初の黒字化に4年かかったことを考えると、ソフトバンクとしてはそれなりに長期的な投資として考えているのだろうと思う。現在のオーマイニュース日本版のスタッフは30人程度のようだが、これを4年間運転すると考えると13億円というのはそんなものかなという額でもある。120人年で1人年あたり1000万とすれば、あっという間に12億円なのだ。これでも既存の新聞社のことを考えるとお話にならないほど小さな規模である。スポンタ氏がコメント欄で語られるような「大量の資金の導入」というふうに私が感じないのはこの辺りが理由でもある。

さて、ソフトバンクの戦略上のオーマイニュースの位置付けとはどのようなものだろうか。

技術的なメリットというのはまず無いだろう。独自コンテンツとしては市民記者の記事となるわけだが、AFPBBほどの魅力があるかと言われると厳しい。今のところは、せいぜいYahoo!Newsの地方カテゴリに配信できるくらいだろう。では言論機関としての性格か?私はZDnet時代から現ITmediaを見ているが、あまりソフトバンク色を感じたことが無い*3。孫氏がソフトバンク用の言論機関を欲したとはあまり考えられないのである。

確率はともかく、韓国のオーマイニュースのように大化けするのを期待しているのだろうかとは思うが、孫氏自らの寄稿などを見ていると、案外商売っ気はさほど無いのかなと考えたりもする。

*1:資本準備金などの関係で、正確な資本金の額は分からない。

*2:ただしAlexaのデータはこの場合あまりあてにならない。韓国のサイト全体がここ数年で大きくAlexa内の地位を低下させているのである。オーマイニュースと現代自動車との比較

*3:皆無というわけでも無いが。