北極星とピラミッド


現在の北極星は、こぐま座のα星である。おおいぬ座こいぬ座がセットであるようにこぐま座にはおおぐま座がある。犬の方は猟犬仲間でしかないが、こちらは母子熊である。母熊はどこにいるかというと、要するに北斗七星だ。子熊の周りをぐるぐる回っている。近寄ると危ない。


星座の見立てだが、北斗七星のひしゃくの枡の部分を胴体と見て、柄の部分を尻尾と見る。熊にしては尻尾が長いが、気にしてはいけない。よく出来たもので、子熊の方にも小ぶりのひしゃくがある。ひしゃくとしては柄が曲がりすぎているが、子熊の尻尾だと思えば元気がよいようにも見える。


北極星はその尻尾の先端である。星座早見盤を作ると、可哀想に子熊は尻尾の先っぽをピン留めされることになる。



そのピンの位置が天の北極である。地球の自転軸(地軸)を延長して、北極点を空に投影した位置である。反対側に天の南極ももちろんあるのだが、南極星と呼ばれる星は無い。南の島で南十字星なんていうとロマンティックな気がするが、北半球に比べると南半球の夜空はいささか寂しい。


厳密にいうと、北極星は天の北極からわずかにずれている。子熊の尻尾はわずかの差で無事だったのだ。普通に見ている分にはまず気づくことは出来ないが、北極星も天の北極の周りを回っている。北極星が描く円の直径は約2度だ。昨夜の結果から考えれば、満月を4つ並べたくらいの円、あるいは1円玉を腕を伸ばして持って見たくらいの円を描いていることになる。地球に投影してみると、北極点を中心に半径110kmくらいになる。



さて、あなたの元に酔狂だが途方も無い金持ちの客がやってきて、ギザのクフ王のピラミッドを再現したいのだと依頼したとしよう。客は力説する。ピラミッドの深奥部にある玄室から北極星が見えるようにして欲しい。そのためには玄室からピラミッドの北側の斜面に向けて細い穴を開ける必要がある。その穴はどのくらいの太さが必要か。


クフ王のピラミッドは底辺が230m、高さが150m弱ある。王の間である玄室は断面の三角形の中心近くにあり、そこから北極星に向かう穴を穿つとすれば、外側の斜面までの距離は約60mだ。
北極星が視直径2度の円を描くとすれば、それが常に見えるようにするためには、その穴は60m向こうで2度以上の太さでなければならない。


面倒なので、今夜は逆タンジェントはやめよう。必要なのは、半径60mの円で中心角2度の弧の長さである。2×60×π÷360×2=2.1となる。外側の開口部において、少なくとも2mの幅と高さが無ければ、北極星が描く円をすっぽり収めることはできないのだ。


2mというと、これは覗き穴というよりも立派な通路である。盗掘者の格好の入り口となるだろうし、内側を綺麗なスロープに仕上げれば近所のガキが滑り台にするだろう。玄室近くに行くに従って徐々に細くしていけば途方も無い落とし穴になるだろう。玄室の壁側の開口は20cm程度あれば十分だからである。


改めて資料を探してみると、この穴の詳細な図面が見つかった。


こうして見ると、穴はせいぜい30cm角程度であり、それどころか途中で屈曲しているためにどう頑張っても直接北極星をみることはできないようだ。あくまでも宗教的な気持ちとして、イデアとして北極星を向いていたのであったようである。



あなたはため息をつく。あなたの説明に不満そうな客の顔が今から見えるような気がするからである。


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