潮汐力を利用した軌道変更システム


復活後のWiredは面白い記事が多い。今日はこの記事。

YES2の核となるのは、重さ約5.4キログラムの耐熱性着陸用カプセル『Fotino』だ。Foton-M3が地球の周回軌道に乗ると、カプセルは衛星の下に付いた、全長約30キロメートルにおよぶ、釣り糸のように細いテザー(つなぎ綱)の先端につながれる。

このテザーを切り離すと、うまくいけばカプセルがパラシュートで地表に到達する仕組みだ。


記事タイトルでも本文でも「振り子」という表現が使われている。イメージはつかみやすいが、多少誤解の発生しうる表現ではある。このシステムを模式的に図にしたのが、以下である。



上の四角が親衛星の「Foton-M3」、下の円が回収されるカプセルの「YES2」、間をつなぐ線が30kmにも及ぶ「テザー(つなぎ綱)」である。黄色い三角はというと、全体の重心位置だ。YES2は5.5kgということで、親衛星とテザーの質量が不明だが、実際には重心は親衛星の内部か、親衛星にごく近いところにあるだろう。カプセルは、重心から約30km低い軌道にいることになる。



さて、地球を周回する人工衛星の軌道上の速度は基本的にその軌道の高さによって決まる。*1軌道が高くなればなるほど速度は落ちる。この親衛星―カプセルの軌道速度を決定するのは、その重心の軌道高度である。ということは、カプセルは同じ軌道高度の独立した人工衛星よりも遅いスピードで動いていることになる。これが独立した人工衛星であれば速度が足りず落下してしまうわけだが、テザーが引き止めているので落下はしない。その代わりに地球方向へ引っ張られた状態になる。要するに潮汐力が働いている訳だ。


ここでテザーを切り離せば、カプセルは軌道から落下し、なにもかも上手く行けば地上で回収できる。このシステムを使わない従来の方法というのは、軌道速度を落とすために何らかの推進装置が必要だった訳だから、テザーだけで済むなら何かと有利である。


Oberg氏によると、このアイディア自体は何年も前からあるものだが、リスクが高いため専門の宇宙機関は実験をためらってきたという。


私がこのアイディアを知ったのは、今は亡きロバート・L・フォワードの「SFはどこまで実現するか」だった。名著なのに今は絶版ということなので、復刊ドットコムへのリンクを上げておく。*2読んだことの無い方にはお勧めする。

このアイディアの「リスク」とは何だろうかと考えたが、カプセルを30km下まで降ろすための機構の信頼性、それまでの軌道および姿勢制御が面倒になること、カプセルの軌道速度が軌道高度に合わないためにデブリとの衝突の確率が上がること、辺りを思いついたがどれが一番問題になるのかは分からない。もちろん、他のリスクがあるのかもしれない。


今回はカプセルの回収のために使われるだけだが、これを応用して人工衛星の軌道制御に使えないものかと、昔からぼんやり考えているのだが休むに似たりだ。高校のとき物理をサボるんじゃなっかたと思うのはこんな時である。


なにはともあれ、是非成功して欲しい実験である。


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*1:厳密には人工衛星の質量も影響するが微小である。

*2:古本はAmazonにもあるようだ