一枚の写真


その写真の主役は私だった。縦構図の中心の私にピントが合い、人ごみがボケた背景になっていた。子供の頃の私は写真写りが良かった。常に満面の笑顔だったからだ。だが、その写真の中の私は珍しく顔を歪ませて泣いていた。泣いてる写真なんて珍しいねと指摘すると、母は答えた。


「その時は大変だったのよ。新幹線のホームではぐれちゃって。人は多いし。線路に落ちたらどうしようとか。一人で新幹線に乗っちゃったらどうしようとか。半狂乱になって探したわ。」


へー。私は、まだ若かった頃の母がパニックに陥ってる姿を思い浮かべた。父は危機感が表に出る人ではないから、温度差にキレたに違いない。ヒステリックに父を怒鳴り、曇った眼鏡で周囲を見回し、私の名前を呼ぶ…。


「あれ?じゃあ、この写真は?」

「迷子になってるあんたを見つけた時のよ。」

「なんでこんなにばっちり写ってるわけ?」

「泣いてるところは珍しいからってお父さんが…」

「見つけた瞬間に安心して冷静になって、泣きわめいてる息子を面白がってとりあえずシャッター押したんだね。」

「あの頃はお父さんカメラ好きだったからね。」

「そういう問題じゃないでしょ。普通、無我夢中で駆け寄って抱きしめるでしょ。」

「写真撮った後ちゃんとそうしました。」

「だから、そういう問題じゃないって。」

「さ、ご飯食べるよ。」


母は立ち上がって台所へ撤退した。


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