奇妙な人々 (1)


年末に時間調整で喫茶店にいた。本を読んでいたのだが、近くの客の妙に滑舌が良くて、妙に通りのいい声が気になり始めた。見回すと並びの一つテーブルを挟んだ席の男の声だった。ターザン山本を若くして(といっても四十過ぎだが)少し太らせ、眼鏡をかけたような風貌。トレーナーにデニムだったのか、少なくともサラリーマン風ではない出で立ち。彼は、向かいに座った孫がいるくらいの三人のオバサン達に何事かを説明していた。


「契約書」「代理店」「インセンティブ」「携帯電話」「ネットワーク」聞こえて来た単語はそんなところ。初めはただの携帯の契約の説明かと思ったが、どうも違う。たしかにオバサン達はその男から携帯を買うようなのだが、さらにそれを誰かに売ってバックマージンがどうのこうの。どうやら、「ネットワーク」とは通信網のことではなくて顧客網のことのようだ。


暮れも押し迫った時期にマルチ商法の勧誘とは。


しかし、携帯電話なんていう売値も原価もガチガチの商材でマルチ商法なんて成立するものだろうか。とはいえ、インチキな「携帯モドキ」で阿漕な商売が行われていたのもそんなに前の話ではない。知り合いの家には訳の分からぬ親子電話システムが入っていて、リース代を見ると毎月、電気屋で一式親子電話を買える額を支払っていた。要するに騙すのが目的なのだから、簡単な方法は二つ。なにがしかの効能があると信じさせるか、ややこしい契約で煙にまくかだ。重要なのは、継続的な金の流れを作ること。あまり聞かないが、携帯なら向いていないわけでもない。


オバサン達はすっかり乗り気のようだ。年が明けたらいよいよ本契約ということで。ええ是非そのように。じゃあ僕はこれで。よいお年を。説明役の男は一人立ち上がって、カモを置いて店を出て行った。残ったのはオバサンともう二人の男。一人はごく普通の休日のおじさんという風体で、時折熱心に質問をしていた。オバサンと同じカモなのか、サクラなのかと思ったが分からなかった。もう一人は間違いなくカモではなく、どうもカモを説明役の男に紹介した仲介者のようだ。クリームイエローのダブルのスーツでオールバックで関西弁。Vシネマに出てくるようなステレオタイプというか、これではもはやサラウンドタイプだ。


彼がだめ押しなのか今後の段取りなのかカモ達に話し始めたところで時間切れになって、私は席を立った。


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